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歴史の概略

Onze-Lieve-Vrouw-Lombeek(以下ロムビークと略す)の風車は600年前からその名を知られている。20世紀には二つの通称がつけられたが、現在の修復後又元の名で呼ばれる様になった。

歴史的名称:Hertboommolen(ハートブームの風車)

この最初の呼名は隣接する広大な牧場の名から来ている。この風車についての最古の記録は1391年の土地台帳で、そこには“風車迄の隣接地を測量”との文字が読み取れる。
設置されていたのは人里離れた所、現在のモーレンカウター(古語ではハートブーム)、ウィンドモーレン通り、ヴオンセンバンダー通り、それにハートブーム通りの四辻である。
1775年頃の有名なオーストリア・オランダのド・フレ地図には風車と風車小屋それに馬小屋が“ハートブームの風車”とはっきり記載されている。

通称について:‘悲劇の風車’

20世紀の初めこの風車は二つの悲劇的事件により不吉な通称をつけられることになった。
1745年の大晦日、オーストリア継承戦に反対するジャン・ド・リ−テ ギャングの一団が風車小屋に攻め入り、粉挽きのピ−ター・ヴァン・リ−ドを殺害した。この強盗殺人は土地の人々の記憶に長く残り、ジャン・ド・リ−テは伝説的な人物となった。1917年には粉挽きの妻と使用人が虐殺されるという2度目の事件が起こり、それ以降‘悲劇の風車’と呼ばれ、文学や専門書にも度々その名で登場するようになった。弔意を表してその羽根木は黒く塗られた。

もう一つの名;‘キャプテン・ゼッポスの風車’

これには楽しい由来がある。この風車が60年代の若者向けテレビ番組“キャプテン・ゼッポス”の舞台になったのである。風車小屋に住む陽気なキャプテン・ゼッポスをセーン・ローファーが演じたこのシリ−ズは人気が出て、お陰で風車の評判もぐんと上がった。もっとも更に若い世代には‘キャプテン・ゼッポスの風車’の呼名も馴染が薄いかも知れぬ。


風車のある地域 

パヨッテンランドについて

正方形の農場と風車の土地;パヨッテンランドには木製風車より水車が多いが、中世から現代までここの風景に風車は欠かせぬものであった。

パヨッテンランドの農業史

パヨッテンランドはブラッセルの南西に位置し、ゼンネ河とデンダ−河に挟まれたブラームス・ブラバンドというローム層の一部を占めている。ゆるやかな傾斜のあるこの土地は古くから農業が盛んであった。中世期初頭から人々は森を切り開いて肥沃な農地を作り続け、20世紀半ば迄は農業、特に穀物生産が主な伝統的農村地帯であった。この農業に不可欠な物として、最初の製粉所が 12−13世紀につくられた。
16−17世紀の暗い戦争の後、マリア・テレジア帝の下、農業は再び息を吹き返す。殆どの風車は1700年以降に建設されたのである。ロムビークのものと同様の開脚型の木製箱型風車で正方形の農場に風車はブラバントを代表する風景となった。

I凋落期

19世紀末ヨーロッパの農業は深刻な危機に陥った。米国とロシア両国からの大量の輸入穀物が価格暴落を招いたのだ。パヨッテンランドでも農業から畜産へと切り替っていった。
この為風車の需要も減り、産業革命も始まる。そして20世紀半ばには運転可能な風車は1基も無くなった。ある調査では1900年頃のパヨッテンランドには70基の風車があったとし、他方40基ではなかったかという説もあるがしかしそれらは全て姿を消した。
1970年隣村のパメルでは既に壊れていたカーレケン風車が倒壊し、1971年には惜しいことにパパル・ゾアーブも倒れた。 ハートブームミルも典型的なパヨッテンランドの風車の一つであるが、唯一違っているのは、これは現在でも運転可能という点である。

700年間の概略

最も古い文献、1391年の土地台帳には現在の場所に風車があったとの記載がある。が多分14世紀以前にも存在していたと思われる。この風車は少なくとも4度建て替えられたか、もしくは新築されている。何分古文書が少ないので1655年以前及びその後もこの所在地の歴史については正確に分かっていない。

士族ロムビークとガースビークが所有した風車(1300−1345)

ロムビーク士族の君主、デイーデリク・ヴアン・ウオルコールが1300年‐1345年頃最初の風車を建設。農地の中央、風量豊かな丘で風車には理想的な立地だった。1381年この風車はロムビークの家屋敷と共にガースビークの物となった。これは制令の風車で臣民は収穫した麦を料金を支払ってこの風車で挽く事を定められ、従わぬと罰金を課せられた。粉挽き職人は風車を君主から借りるという形であった。風車は君主だけが特権を持つ封建的所有物であったのである。一方ロムビークは中世巡礼の地として重要な位置を占め繁栄した。製粉の大量需要があったのでこの小さな村に4基もの風車があり、内1基は馬力によるものだった。

危機の時代:1655年‐1723年

需要の減った年月の後、1655年ガースビークの最後の君主、アレクザンダー・ド・レネセが新しい風車を発注。だがその年の内にそれをタースレット士族の騎士、ガブリエル・ル・フェブルに売り渡さざるを得なくなった。浪費家だった父の莫大な借金の返済の為である。文献に依れば新しい持ち主はそれから2年も経たぬ内に何故かもう1基注文している。元の風車は壊れていたのであろうか?1689年、この風車をブラバント市議会の検事、ジャン・ドースが購入。封建君主に代り今後はブラッセルの貴族達によって風車は受継がれてゆくことになる。この風車と農家はしかし1690年フランス王ルイ14世の軍隊に焼討ちされる不幸に見舞われる。戦費供出が不十分等の理由で近隣地帯のものも同様の仕打ちを受けた。ドース家はこれらの損失に対する訴訟を市当局に起し数年の裁判の後1721年に賠償が認められた。この間風車地帯は荒廃した。1716年の不動産取得記録には、ブラッセルの貴族、エギデウス・デ・メスマーカーが大量の廃材を購入したとの記録がある。

そして1723年か1727年に新たに建てられた風車が現在のものと考えられる。

1727年にこの場所に風車があったことは略間違いない。風車の梁に“P.V.L 1727 “と赤い刻印があるのでこの年 ピーター・ヴァン・リードが製粉業を営んでいた事がわかる。
風車小屋は1732年に再建。現在のロムビークの風車はこれであると言われている。
“M.d.M 1760” の文字が石の梁に刻まれていることから、風車は1760年に建設、と長い間数々の書物に書かれて来たが M.d.M.は“Mill of Master de Man”(大君、マンの風車)の意で幾つもの風車を建てた名高いレニク卿のことを指すと考えられる。
一方作家ヴァン・ヘレヴェーゲンそして最近ではストライフの様に、風車は火災による損傷もあり、他に文献も無いことからこの刻印のみで風車が壊され再建されたのが1760年との説を決定するには時期尚早との指摘もある。事実カルロス・ド・マンがこの風車を手に入れたのは12年後の1772年のことであるし今後の研究が待たれる。唯これもこの地方の箱型風車同様18世紀のものであることは確かだ。その時代は戦争が終り経済と農業がすさまじい勢いで復興した将に風車にとっての黄金期だったのである。風車小屋の現在の外観も1784年の全面改修の際のものである。同じ時に風車にも手が加えられたかどうかは北側の礎石に刻まれている“1785”の文字だけでは判断し難い。

1800年―2000年 そして風車は残った!

19世紀のこの風車の記録は少ない。1835年粉屋としては初めてジャンーバプチスト・ヴァン・ド・ヴェルデがこれを自分の所有とした。1859年から100年間はワルラーヴェンス家
のものとなり1940年まで使用されていたが新しい動力源の出現と農業の変革に依り、他の風車と共に容赦なく市場から締め出されてしまった。1944年風車は遺跡と景観の保護条例で王室の指定を受けた。1954年から製粉業者のヘンリ・ヴァン・ナフェルの指導のもと 数人の篤志家が春と夏の間、風車を廻した。残念ながら、1971年ヴァン・ナフェル家は土地投機の為、所有していたパメルのパパル・ゾアーブを取壊してしまったので歴史的建物が又失われることとなった。
幸いなことにロムビークの風車はルースラー、ハーマン両家の手で1954年、70年、74年
3度に渡る改修を重ねた。

ハッピーエンド;ハートブーム風車は今も立っている。

1999年の競売でジョーゼフ・ヴァン・ウエインベルグが風車と農家を取得。この貴重な職人技の遺産を後世に伝えるべく大々的な全面修理を行っている。


村について。

オンズ・リーヴ・ヴロウ・ロムビーク

この村で注目すべきは風車のみではない。この農村は巡礼の地としての豊な過去を持つ。ロムビークと聞いてフラン・ヴァン・コウエラートの名を思い浮かべる人も多い。それとこの小さな村周辺の美しい風景も忘れ難い。

歴史

ロムビークは、初期ローマ帝国時代ベルギーの主要幹線道路であったアス・バガカムから2キロと離れておらず又19世紀にローマ時代の遺跡発見があったとはいえ村の起源や歴史については分からぬ点が多い。ロムビークの小川の辺に位置するこの集落の名はローマ帝国での呼名ロムバーズに由来する。1112年以前の存在が確かなのは、その年既にニヴェルスの教会堂で礼拝が行われていた事でも分かる。13世紀半ばニコラスのカムブライ司教は教会堂をロムビークの主教区(現在のサン・クインテン・レニク)から独立させた。というのもこの教会が巡礼の地として有名になった為である。
1322年から文献はオランダ語(フレミッシュ)で記述されている。1300年頃ここはアー士族とロムビーク士族に譲渡され、この士族は1768年男爵位に昇進。ところで1808年まで司祭を勤めたヒエロニムス・ベネデイクトス・ヴオンクの兄はその名を知られた“ブラバント革命のヴオンク”でオーストリア支配に反対した人物である。
1964年 ロムビークはストリーテム及びパメルと合併し、新たにルースデール市となる。
1977年にはボートロムビークも併合する。

オンズ・リーヴ・ヴロウ・カーク教会について

現在ロムビークにあるこの初期ゴッシク教会は1265年頃着工され内陣も13世紀のものである。塔を取付けて完成したのが1315年で、ガイ司教とロッケンボーク城主ジャン・ド・
ロムベック卿臨席の下、落成を祝った。小さな村とはいえ、この教会は大変立派なもので優れた美術品で装飾されている。というのもロムビークへの巡礼者からの豊富な財源があったからである。中でも特筆に価するのは15世紀のマリアの祭壇装飾で、ブラッセルの職人に依るこの木彫はその石膏複製が国立教会財産美術館に収蔵されている程のものである。美術館には古い記録類も多数保管されているが、惜しいことに手つかずの状態でほとんど忘れられている。この祭壇は聖母マリアの生涯を9つの場面で表しているが、欠落部分は盗難に依るものである。その為教会の見学は予約のみとなった。他には装飾壁面、格天井、告白聴聞席、磔刑像や感動的な石の上のキリスト像等があり後部にはロココ様式の木彫とバロックオルガンも備えつけられている。美しい説教壇の下部にはヒュ‐バタス改宗の場面が彫られている。外壁は教会には珍しくグロテスクな飾りがついている。

その他の建物

村の中央にロッケンーボーグ城がある。敵の攻撃を防ぐ為、1336年に建てられた天守閣を持ちそこに居住していた。この城は1412年の土地台帳にその名が載っている。ここは元々、ロムビーク士族の居城で長い年月の間には種々の目的で、ある時期は集合住宅として、邸宅、荘園として、又裁判所や、農家、学校等として使用された。
1700年頃にはフランダース・ルネサンス様式の美しい付随の建物を増築している。しばらく無人となっていたが、19世紀に改修され、タイ・ル・シャトー城から取り戻した13世紀の窓の装飾なども加えられた。1870年頃、ブナの並木が記念に植えられたが城は一般公開されておらず見学は出来ない。教会の向いにはレストラン、ド・クルーンがある。1760年の建築で村には他にも昔の建物が存在している。

フラン・ヴァン・コウエラートについて

ロムビークはフラン及びオーガスト・ヴァン・コウエラートの生まれ故郷である二人ともフランダース運動の著名な活動家で村の広場のすぐそばロムビーク岸辺の裕福な農家の出身、オーガスト(1885−1945年)は治安判事で、作家、詩人でもある。一方フラン(1880−1961年)は違う道を歩み1910年からは国会議員となり、アントワープ市長や何回もの閣僚経験を有する戦前のフランダース政界の重鎮であった。

レオン・ドクレルの国民党大会について

1938年7月10日、ロムビークでレックスの国民党大会が開催された。極右勢力の大規模なデモで主催者に依ると参加者6万人がレオン・ドグレルの呼び掛けに応じて結集、ドグレル自身もワローニャからフランダースに至るまでの極右の著名人やシンパ数千人を率いて来た。ロムビークの多くの住人もこの時期右派に転向した。

風車の歴史年表

1300―1350年

アー及びロムビーク士族のデイデリク・ヴァン・ヴオルコートがハートブームの丘に最初の風車を建設したと考えられる。

1380年

風車はロムビークの家屋敷と共にガースビーク士族の物となる。

1655年

ガースビーク最後の君主、アレクサンダー・ド・レネセが新規に建てた風車を売却、父の道楽による借金の返済の為であった。風車の今度の持主、騎士のガブリエル・ル・フェブルは何故か2ヶ月後の1657年に新しい風車を建てている。

1689年

ブラッセルの検事、ジャン・ドースが風車を購入。士族に代り今後はブラッセルの貴族達によって風車は受継がれて行く。

1690年

フランス王ルイ14世の軍隊が風車と農家を焼き打ちした。この地域の他の物も戦費の未払い又は不十分との理由で同様の仕打ちを受ける。

1723−1732年

現在の風車と農家の起源。30年間朽ち果てていた後、ブラッセルの貴族、エギデウス・
ド・メスマーカーが風車と家を新築。多分1723年、確実には1727年に完成。

1745年

悪名高いジャン・ド・リーテ ギャング団による強盗殺人が起り、粉挽きのピーター・ヴァン・リードが刺殺される。この事件は人々の記憶に長く残ることとなる。

1760年

風車は破壊され使用可能な部品で再建されたのであろうか? 梁に刻まれた’ M.d.M. 1760’の文字だけでは確かなことは分からない。この風車の誕生が1727年だとする説の方が信憑性はある。

1775年

オーストリアとオランダの風車地図ド・フレには風車小屋と馬小屋が記載されている。より古い文献にも同様に‘ハートブームの風車’との記録がある。

1784年

1723−1732年に渡る風車小屋の全面改修で現在の形が完成。

1835年

粉屋としては初めて、ジャン-バプテスト・ヴァン・ド・ヴェルデが風車を所有、風車は 貴族から借用するという時代は終った。1859年から1世紀間、風車はワルラヴェンス家の所有となる。

1917年

第一次大戦そして2度目の血生臭い強盗殺人事件の発生。小屋の住人2人が喉を掻き切られたもので‘悲劇の風車’の名がついた。

1850−1930年

産業革命と新しい動力源の出現で風車は急速に市場から締め出されて行った。次々に製粉を止め荒廃し姿を消した。

1944年

風車は記念碑として残る。保護条例が制定され修復されて風の巨人は破壊から免れた。

1964−1965年

この風車を舞台にしたクラッシクTVシリーズ‘キャプテン・ゼッポス’が放映される。これにより‘ゼッポスの風車’の愛称で呼ばれることになる。

1999―2002年

ジョーゼフ・ヴァン・ウェインベルグが風車を購入。‘リヴィングミルズ’(動く風車)で運営されている技術講習を受講、細部に至るまでの復元を依頼

1999―2000年、

考古学的研究、文献整理、風車近辺の土地測量等を実施。徹底的事前研究や建築家と技術者に依る詳細な図面の作成、遺跡保存条令による検査及び目録の作成、遺跡と景観保護当局との会談、修復過程承認提出を行う。

2001年

風車の解体と各部の測量調査、作図、写真撮影とビデオ収録。

2001―2002年 

最終段階。修復過程の確認、風車部品をロランド・ウエイム修理所へ搬送し部品の複製作りや、再使用可能部分の修繕。風車の土台を再建。ウエブサイトwww.windmolen.be を立上げ、カメラを設置。これでインターネットを通じ修理の模様が直接観察可能となる。再建の様子は映画フィルムでも保存。部品の返送を待ち、復元した礎石の上に風車を再建する。

2002年12月1日には外回りと入口も完成予定でロムビーク・ハートブームの風車の落成式を予定している。


オンズ・リーブ・ヴロウ・ロムビーク(以下ロムビークと略す)の

風車に関しての文献及び参考書

- Jan Struyf ,Archivalic,bibliographic and estate research of the windmillcomplex
at Onze-Lieve-Vrouw-Lombeek:Verkeninngen. (Exploration) Heverlee,1999.
これは未発表作品であるが、この風車の設立についての最も広範で詳細な著作である。参照文献付き。

- Gerard Van Herreweghen,De tragische molen van Lombeek .(The tragic mill of Lombeek) Davidsfonds Roosdaal: special issue DF-Klokje,1982
この本は1745年この風車で起こったジャン・ド・リーテ ギャング団に依る強盗殺人事件を取上げている。序文に簡潔な風車の歴史がついている。

- J.F.Vincx,De molens van’t Payottenland,( The mills of Payottenland) Merchtem,1931.
最近の著書ではないが、パヨッテンランドにおける多くの失われた風車の概要を記録している点で興味深い。初版は Eigen Schoon & De Brabander,volume 13 en 14.

- フランダース風車協会の雑誌 Levende Molens en Molenecho’sにも記事が掲載されている。

他には

- Paul Bauters,Van zadelsteen tot windkruier.2000 years of mills in Flandern,
Gent1998-2000, 2 volumes.この地方の風水車の歴史と技術についての定評ある本。

In Flanders there are several mill associations:

- Centrum voor Molinologie en het Molenmuseum
Kerkstraat 3
B-2890 Sint-Amands
België

- Molenzorg vzw
Bruggestraat 74
B-8830 Hooglede
België
Tel.: 051/20.37.78
Click here for more info (www.molenechos.org)

- Levende Molens vzw
Grootveldstraat 12
B-1652 Alsemberg
België
Tel.: 02/380.24.09
Click here for more info (http://users.tijd.com/~tdn22793)

- the architects and ingeneers:

Ro Berteloot, architect-moulinoloog
Architectenburo Ro Berteloot B.V.B.A
Kasteellaan 89
B-9000 GENT
België
Tel 09.233.16.81
E-mail: arch.berteloot@tijd.com

Sabine Okkerse, Ir.-architect-moulinoloog
Architectenburo Ro Berteloot B.V.B.A
Kasteellaan 89
B-9000 GENT
België
Tel 09.233.16.81
E-mail: arch.berteloot@tijd.com

Mr. Dirk Goossenaerts
Algemeen Directeur
Styfhals Ingenieursbureau
Hansenslaan 7
B-1800 Vilvoorde
België
Tel +3222559900
Fax +3222559955
E-mail: styfhals@pophost.eunet.be

Mr. Paul Styfhals
Styfhals & Partners
Hansenslaan 7
B-1800 Vilvoorde
België
Tel +3222559900
Fax +3222559955
E-mail: styfhals@pophost.eunet.be

Restoration - mill experts:

Roland Wieme PVBA
Leihoekstraat 71 B
B-9870 Machelen-Zulte
België
Tel + 32 9 380 84 60
Fax + 32 9 380 44 14

Molenbouw de Jongh
De Witstraat 19
NL 5503 Veldhoven
Tel +31 40 253 27 68

Authorities:

Monumenten en Landschappen
Ministerie van de Vlaamse Gemeenschap
Koning Albert II-laan 20 bus 7
B - 1000 Brussel
België
Tel +32 2 553 82 11
Fax +32 2 553 82 05
E-mail: nowa.vlaanderen@skynet.be
Website: www.monument.vlaanderen.be

Monumentenwacht Vlaams-Brabant
Mechelsevest 108
B - 3000 Leuven
België
Tel +32 16 22 02 01
Fax +32 16 22 68 78
E-mail: aml@lin.vlaanderen.be
Website: www.monument.vlaanderen.be

Provincie Vlaams-Brabant
Diestsesteenweg 47
B - 3010 Leuven
België
Tel +32 16 26 70 70
Fax +32 16 26 70 71

Gemeentebestuur van Roosdaal
Brusselstrat 15
B - 1760 Roosdaal - België
Tel +32 54 32 61 61
Fax +32 54 32 90 20
E-mail: info@roosdaal.vera.be


Insurers:

KBC Verzekeringen
Van Cauteren NV
Ninoofsesteenweg 121
B - 1700 Dilbeek
België
Tel +32 2 569 63 74
Fax +32 2 569 73 12
E-mail: Eric.Van.Cauteren@abb.be

Principal:

Cofic N.V.
Molenkauter 9
B - 1760 Roosdaal
België
Tel +32 54 51 87 07
Fax +32 54 51 87 17
E-mail: cofic.nv@telenet.be
Website: www.windmolen.be

 

Molens Willy Vandenschrieck
Barakkenberg 14
1540 Herfelingen
TEL 02 396 10 53
FAX 02 396 03 37

 
テクニカル データ
   
 

機能、形式及び出力

ハートブーム風車はパヨッテンランドと呼ばれる農村地帯にある木製箱型風車でとうもろこし製粉用。この地方の他の風車も穀物特にとうもろこしと麦の製粉用である。しかし1866年ではロムビークの穀物生産は土地全体の1/3のみにとどまった。中世よりとうもろこし製粉の風車は農業に不可欠なものであった。パンが主食だったので製粉需要は大きかったのだ。とはいえ風車は製粉用ばかりではない。その回転運動による推進力は様々に応用されていた。搾油用、干拓地や低湿地の揚水用、製材や製紙用など。

箱型風車について:シンプルで力強い。

直立形風車は十字軍が東洋から持込んだとの歴史神話があるが最古の文献や図からこのタイプの風車はフランダース発祥を示している。どの点から考えてもこの地方に1100基の風車があった事は確かだ。精巧で優美なこの型の風車は急速に普及した。この風車の原理は単純なもので力のバランスを綿密に計算して建てられている。支柱又は元木と呼ばれる中心の垂直軸が風車全体を360度回転させ、風車の羽根はどの方向の風にも向けることが出来る。少し詳しく述べると、木組みの羽根は垂直支柱の頭部で回転するがそれは水平の石の横梁の上に設置されている。羽根と支柱(両方で30トン)は風車の脚部から垂直に建てられるが支柱そのものは地面に触れていない。木製の8本の筋交いで水平十字形梁を支えている。これら十字形梁は4個のレンガ製礎石の上に置かれている。風車が風を受けるようにするには風車の半端根太の際にある階段に取付けられているウインチや巻揚げ機で操作する。上手く風を捉えるとさらに風力を得られる様に帆布を張り出す。ロムビークの風車は土地特産の白い砂岩の礎石、2つの屋根裏、板葺き屋根や帆側面のスレート等で一際目立つ美しさがある。

環境にやさしいが気まぐれな風のエネルギー

箱型風車は風の吹くままにどの方向にも回転するがそれだけではなく旋風は遮る。風を自由にしっかり受けられればそれだけ生産力は上がる。その為、風車は村の野外、丘や人造の堰の上に建てられる。周囲の木は切倒され付近に家も無いのが普通である。この点でロムビークの風車の農家の存在は異例である。それにこの風車は標高85メートルの処、教会入口より40メートル高い丘に建っていて風通しの良い農地の中央にある点も普通とは違っている。

 
ミュージアムへの来館
   
 

ロムビークのハートブーム風車は2000年12月より一般公開
通年各日曜日  11.00−17.00

2003年5月1日―9月30日の25週間は土日及び休日にも11.00−17.00
いずれも予約が必要。予約はインターネットwww.windmolen.be で受付。
その他の情報はe-mail で cofic.nv@pandora.be  電話は+32.54.51.87.07
修理期間中は見学出来ないが、その進捗状況は道路から観察するか、インターネットでも
モニターが可能。風車は2002年12月に公開の予定。
写真
修理期間中、ホームページに次々と新しい写真が加わる。
ビデオ
2002年5月末日には風車再建の予定。修復の第一段階から興味がある方はe-mail アドレスをお送り下されば情報提供致します。
尚御気付きの点は御遠慮なく御知らせ下さい。

 
Photo Album
   
  Look at the pictures in the differends topics.

During the ongoing restoration new pictures will be added to this webpage.

You are kindly invited to monitor regularly the progress made during the re-erection of the Windmill.

 
Video
   
  As from 15 April 2002 the original Windmill of Onze-Lieve-Vrouw-Lombeek will be re-erected. Via this website you are directly connected: 4 webcam's allow direct and permanent monitoring of the ongoing restoration works.

In case you are interested to see the start of the reconstruction, kindly fill out your e-mail address here. Click here.

We shall keep you posted.

 
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